はじめに

まず、自分がこの地下系サイトに行くきっかけとなったものを暴露しよう。それは、エミュレータのロムである。

1994年

時は1994年末、インターネットはおろか、Windows95が話題になる前の草の根ネットの時代である。ある、サーバーで海外から入ってきたという、ファミコンをパソコンで走らせるエミュレーターと、そのROMを親がパソコンに入れてきた。

この当時のネット環境、もといパソコン通信は、一般的には、サーバーにつなぐと黒いバックの画面に、メニューが表示され、お知らせ、掲示板、メール、ファイルなどといったコンテンツが文字列で表示される味気ないものだった。が、自分の場合は、FirstClass 3.0というクライアントソフトを使っていた。完全にGUIで作られているのが特徴で、今で言うSNSの機能も備えていた。現在サイトと呼ばれるものは、単に文章にリンクが張られているものの集合体でしかない事を考えると、今においても先進的であるといえよう。(この文章にリンクという概念もHyperCardという形で存在していた)

1995年

95年になるとWindows95が発表されたこともあってか、インターネットという言葉を急速に聞くことがあるようになった。とはいっても、当時はISDNすらなく、ネットにつなぐことそのものが、まだまだ儀式に近く、しばらくは草の根ネットを利用していた。

また、法規制もまだ無いに等しく、普通にファミコンのロムがアップされていたサーバーも、ゲームラボ、アマチュア無線の雑誌(電子工作の雑誌)、I/Oなどといった雑誌を参考に探せば結構あったようである。他にもROMをRS-232C(パラレルポート)から直接パソコンに移すための回路図やコードも乗っていた。1これらのROMの出所は、おそらく、インターネットで海外で公開されていたものを、国内に移したか、マジコンで吸い出したものをアップロードしていたのだろう。

1996年

この当時使っていたパソコンは、PowerMacintosh 8500/120。まだSyetem7か漢字Talk7(KNT7)の時代である。ちなみに、このパソコンにSoftWindowsというPC/AT互換機を走らせるためのエミュレーターも入っており、Windows3.1をこれで使用していた。自分にとって異なる機種を同一のマシンで実行するという行為は、さほど珍しいものでもなかった。まぁ、そういう理由でこの当時からMac/Win両刀遣いだったわけだが、遅くて使い物にならなかった。それ以前に、Mac厨だった自分にとって、XP以前のWindowsは嘲笑の対象だった。

この年、別の学校に進学した自分は、すぐ知り合った泡氏から色々な事を教えてもらった。今考えても、彼からの影響が強い。入学した時点でSyQuestの230Mリムーバブルハードディスクを所有していたくらいである。で、彼からいろんなソフトをお裾分けしてもらったわけだが、こちらの環境はエミュレーター。当然満足に走るはずもなく、Windowsについて教えてもらった。

1997年

冬だったか、アルバイトをしていた、泡氏は、そのお金をつぎ込んでCD-Rドライブを買った。当時2倍速が10万弱。今まで持っていたリムーバブルハードディスクを売った。『なんで、書き換えが出来ないCD-Rなんかに?』と聞くと「CDまるまるコピーできるからな」とのこと。その意味を知ったのは、それから数ヶ月後のことだった。