はじめに断っておくが、自分はMacユーザだった上にFF11にはまっていたのでWinMX全盛期については詳しくない。WinMXに関する話題のほとんど憶測である。

P2Pが流行する前の時代の話は、../アングラサイトの項を参照されたし。

(゚∀゚)ノ エムエークス!!

ある日、知人が集めたTBS版のキャプものデ・ジ・キャラットの動画をCD-Rに焼いて持ってきてくれた。当時は、Web共有による制限がきつくなり御茶義理が使われ始めたがあまり広まらなかったという時代。サイズはQVGAで容量はわずか50M前後。デ・ジ・キャラットは当時、TBSワンダフル内のほんの10分に満たないアニメだが、パソコン上で見られるということそのものが衝撃的だったのだ。まぁ、90年代にもMac Performa(だったっけ?忘れた)で魔女の宅急便をQuickTimeで圧縮した動画を現在のWebしずおかで見ていたが・・・。

Error: Flash Player Cannot Installed.

で、どうやって入手したのかを聞いて教えてもらったのがWinMXだったわけだ。しかし、当時ウルティマオンライン用に組み立てたWindowsマシンがあったとはいえ、WinMXを起動するとFF11が快適に動作しないことからあまり使わなかった。というわけで、当時聞いたりした内容を書いておこう。

WinMXの時代

WinMXは大きなパラダイムシフトであった。../アングラサイトの項をみればわかるが、偽装、分割などとどんどん複雑化する一方で、無料Webスペースはどんどん制限がきつくなる一方。しかし、ファイルを配るためにはなにも、Webスペース上でする必然性はないわけだ。

そういうわけで、世の中のアングラ住民は、いっきにWinMXに移行したわけだがトラブル発生である。そう。ポート開放の仕方がわからない。WinMXの時代の常時接続の多くは、ADSLではなくフレッツISDNである。とりあえず、常時接続になったとはいえ、プロバイダによってはグローバルIPの割り当てすら無いところもあった。(ってこれは今でも、Leonetとかであるか・・・)で、ルーターの話題が賑わうようになっていく。こういったトラブルに対処するために勉強を初めてLinixに結びついた人も多いのではないだろうか?WinMXでファイルを落とすためには、まずポートを開かないことには話にならない。この段階で、かなり脱落。

よく誤解されるが、WinMXはファイル交換ソフトであって、後のWinnyのようなファイル共有ソフトではない。つまり、ファイルが欲しければ交換対象となるファイルが必要なのである。それでも、初期の頃は割とDLオンリーでもよかったが、時代が進むとだんだん殺伐としてきて、珍しいファイルでないと相手にすらしてもらなかったり、MAD GEAR SOLIDでもネタになっているが、現実に自分のダウンロードが終わると落ちてしまう人が結構いた。当然そうなると、ファイルは不完全なままである。中には意図せずという場合もあったが、こんな状態なので末期はほとんどがヘビーユーザだったと思われる。

交換に使われるファイルは、犯罪に手を染めたような画像や動画、映画のCAMモノ1や、新譜のアルバムなどは価値が高いものだった。MAD GEAR SOLIDでスネークとオタコンが交換しようとしているシーンがあるが、そこに表示されているファイルはフィクションでもなく、実際そういうファイルに群がっていた。

アニメなどを流している人はかなり有利な条件でファイルが入手できたに違いない。違法性はともかくとして、こういった人間の暗躍がジャパニメーションを世に広く知らしめたことはいうまでもない。(実際、マトリックスの監督がDVD特典でアキラや甲殻機動隊の海賊版を見ていて、これを作品を作るうえでの参考にしたと言っているし)また、ファンサブというファンによる字幕付けも活発に行われた。

Macintoshでは?

WinMXがWindowsユーザの間で流行していた頃Macユーザはどうしてたか?一時期WinMXのMac版であるMacMXの開発もあったようだが、立ち消えとなってしまった。代わりによく使われていたソフトはhotlineである。これは、P2Pというよりも独自のプロトコルを用いたインターネット上の小規模ネットワークといったほうが正しいだろう。

一般的には、グループウェアとして使われていたが、Macのわれざーはこのグループウェアとしての機能をファイル交換に用いていたようだ。自分は使うことがなかったためよくわからないが。

もうダメポ

末期的になりつつあったWinMXだか、それでも続ける人は続ける。そんなある日、ダウンロード板のとあるスレで「警察に捕まりそうだ」という投稿があった。下の階では親が警察と話している様子が投稿されるなどかなり生々しいものであった。以下は、http://pc.2ch.net/download/kako/1007/10070/1007065717.htmlの抜粋。

80 名前: 投稿日: 01/11/30 07:04 ID:/jDnbtss
   自分の部屋、二階なんですが。
    いま下で、親と警察らしき人たちが押し問答やってるんですが、、、
    いや、まじで、、、
82 名前: 投稿日: 01/11/30 07:06 ID:/jDnbtss
    てゆか、うちの親なんかないてるっぽい、、、
88 名前:   投稿日: 01/11/30 07:08 ID:/jDnbtss
    とりあえず、部屋のカギかけました。
    手、ふるえまくり。
    おれも、なきそう、、、
    なんでえええええええええええええええええええええええええええええ
89 名前:   投稿日: 01/11/30 07:09 ID:QIzIifNg
    >>82
    イニシャル残していけ。
    ホントだったら伝説のスレになる。
96 名前:   投稿日: 01/11/30 07:12 ID:/jDnbtss
    >>89
    いにしゃる、yy
    ろくおんするひまなんかない
    あー、なんか家にはいってきたpっぽい
    あああああああああああああああああああああああ
113 名前:   投稿日: 01/11/30 07:17 ID:/jDnbtss
    あああ、、、、
    やっぱ警察だよおおお。
    いま、あけなさいってゆったあああああ
122 名前:   投稿日: 01/11/30 07:19 ID:/jDnbtss
    22歳
    てゆうか、おれ神だね。
    警察、説得モードにはいってきた。
    ちょっと、おちついてきました、、、、
133 名前:   投稿日: 01/11/30 07:21 ID:/jDnbtss
    福岡出身で
137 名前:   投稿日: 01/11/30 07:22 ID:/jDnbtss
    会社員
    あぷりおんりー
    あああ、手またふるえてきた、、、、
140 名前:   投稿日: 01/11/30 07:23 ID:/jDnbtss
    っくっそ
    くそsこっすそうそすおskそsk
154 名前:   投稿日: 01/11/30 07:25 ID:/jDnbtss
    そと、ちょっとしずかになた
    そとで、はなしごえ
    おや、いまだに泣き
160 名前:   投稿日: 01/11/30 07:27 ID:/jDnbtss
    cdいぱいあるからむり
    おれ、どーしたらいい
174 名前:   投稿日: 01/11/30 07:30 ID:/jDnbtss
    煽ってるっみんながうらやましい
    さっき、泣き声でおやになまえよばれた
    あと、車?ぱと?がもう一台きたっぽい
191 名前:   投稿日: 01/11/30 07:36 ID:/jDnbtss
    回線、DSL
    よく開放してつなぎっぱなししてた。
    up0ぱっちあてて、トレードオンリーなときもあった。
    深呼吸したらカナリ落ち着いてきた。
194 名前:   投稿日: 01/11/30 07:36 ID:/jDnbtss
    またきた
202 名前:   投稿日: 01/11/30 07:38 ID:/jDnbtss
    かぎのおとが
    おやがかぎわたしや
    もうだめぽ

この瞬間に「もうだめぽ」という言葉が生まれた。なお、7:38という午前中にもかかわらず、これ以降/jDnbtssの書き込みはなかった。これを機にWinMXユーザは大幅に減ったようではある。前述のとおり、新参者にはポートの問題や交換するためのファイルが少ないので、仮にやったとしても交換できなかっただろう。

で、Web共有に戻るかなどと、当時の掲示板は話題になっていたらしい。

さて、このレスをした/jDnbtssのその後に付いてだが、逮捕で任意同行というシナリオが予想されるが、すぐに釈放されたであろう。逮捕という言葉=懲役というイメージが強いが、実際こういう刑が確定したというような報道は一切見ないし、../秋葉原裏話で取り上げているアルヨー集団の事を考慮すると、おそらく厳重注意をしてすぐ釈放といった形で終わっただろう。アングラサイトの項で取り上げている、ファミコン決死隊もセンセーショナルな報道とは裏腹にちょっと注意されて終わりだったと思われる。なんせ、名前出てないしね。ちなみに、ファミコン決死隊は今では実況動画プレイをアップするという活動をしているようだ。

Winnyの時代・黎明期

事の発端は、そんな新しいファイル共有について話されている「MXの次はなんなんだ?」というスレからはじまる。

47 名前:  投稿日:02/04/01 05:35 ID:WTyTkgT/
    暇なんでfreenetみたいだけど2chネラー向きのファイル共有ソフトつーのを
    作ってみるわ。もちろんWindowsネイティブな。少しまちなー。

そう、このとき書き込んだ順番が47だったから、47氏と呼ばれるようになった。結果的にこの投稿から、わずか1週間ほどでベータ版を発表。順調に利用者を増やし1年後ぐらいではMXはすっかり影を潜め、Winnyを使っていたと考えられる。

初期のWinnyで出回っていたファイルの大半は、WinMXからの二次放流であったと考えられる。サイズはQVGAの物が多くVGAサイズで高画質と言われた。当時は、常時接続が一般化しつつあったが、まだADSL黎明期で非常に低速でたとえば、40Mのファイルをダウンロードするのに、1時間はかかっていたと思う。それでも問題はなかった。まだ、DVDレコーダーは高価で、5・6万したし、CD-Rの時代ほどではないが、やはりメディアも高価で、10枚3千円ぐらいだった。そんなことだから、まだCD-Rによるバックアップのほうが一般的だったのでその程度の画質でも十分だった。

とにかく、WinMXで散々な目に会ってきた人間から見れば、ダウンロード出来る事そのものが感動であり、質の善し悪しは二の次だった。しかも、ファイルを指定するとき以外は、パソコンの画面に張り付いている必要がなく、ただパソコンを起動しているだけで勝手にダウンロードされるし、アニメやドラマのシリーズ系のファイルの場合、キャッシュ拡散処理の影響で、すでにダウンロードが終わっていることもあったので、大幅に負担は減った。だから、この時代は、アニメの場合エンコード職人がどうだとか、MP3だったら圧縮形式がどうだとか気にする人間はいなかった。(なお、現在では、圧縮方法が異なるファイルで固めた音楽アルバムの圧縮ファイルは、キメラと呼ばれ嫌われている)欠点はWinMXと比較するとファイルを直接やり取りしているのではなく、いくつかのWinnyを起動しているパソコンをバケツリレー式で転送させているので非常に低速なことぐらいであった。

また、複数のパソコンをバケツリレー式にファイルを共有するというピュアP2Pの基本的な性質は、われざーにとってこれ以上ないくらい都合のいいもので、たとえば音楽に限った話ならば、Winnyを起動している人間すべてが内輪ということとなり、強引に解釈すれば私的録音の範疇内になることになる。(もちろん、そこまで認められてない)あと、だれが違法性のあるファイルを流しているのかの特定も不可能に近くなるというメリットもあった。先ほどの、もうだめぽ事件の例にするなら、ダウンロードした人間が誰なのか、ファイルを流した人間が誰なのかが明確だったため逮捕ということになったが、そういったリスクを減らすことができるのだ。

いうなれば、責任もP2Pで中心が無いのである。

DVDバックアップの話

さて、バックアップメディアを語る上でDVD-Rというのは避けて通れないだろう。今でこそパソコンを買えば当たり前のように付いてくるものだが、それが一般化したのは2004年ごろからである。それまでどういう状態だったのか?先述したとおり、初期の時代のP2Pのファイル容量は決して多くなく、100Mいくのも珍しかった。動画サイズはQVGAが一般的だったし、いうなれば、CD-R1枚程度の容量でもアニメ5話ぐらい入れることができた。

しかし、Winnyの利用者が増えていくに従って、アニメならばより画質の良いファイルを求めるようになってくる。最低限VGA画質だとか、衛星放送は高画質だとか、DVDリップモノが一番だとか。しまいにはDVDイメージそのものを流す状態である。そうすると必然的にCD-Rの容量では足りなくなってくる。2003年はそういう時代だったと思う。しかし、同年に急速にHDDやDVDレコーダーの価格が暴落しはじめた。具体的には、今まで1万円台で買えるHDDは40Gだったが、この年で120GのHDDが1万円ちょい。容量が倍になって価格は半減である。この2003年からだ。

あまりにも、Winnyが一般化するタイミングとあっていたので、メーカーもWinnyを意識していたんじゃないかと思うくらいである。(当時はHDD搭載のビデオデッキなんてなかった。まだ主流はVHSで、DVD搭載型が出かけた頃である。うーん、完全に利権団体の私的録音録画補償の対応出遅れたね。)この傾向は2011年になったいまでも続いている。DVDレコーダーにいたっては、いきなり、日立LG電子から1万円前後で、当時出てなかった二層以外の全てのDVD規格に対応したスーパーマルチドライブが出た。右の製品は当時話題になったドライブの現行モデル。

CD-Rドライブの時代は、ドライブそのものの性能などを気にすることが多かったが、DVDドライブではあまり見かけなかった。このためか、CD-Rドライブ時代に一世を風靡したプレグスターとかすっかり影をひそめてしまった感がある。というのは、CD-Rの時代と異なり規格が厳密だったため、CD-Rほど粗悪なメディアが出まわらなかったこともあるだろう。

DVDのリッピング自体は、99年にノルウェーの少年がDVDドライブの脆弱性を付いてキーが割れたのがもとで確立していたが、取り出したあとのデーターが当時膨大だった(DVDプレイヤーで数万、HDD40Gで3万である)ためあまり注目されていなかった。話題になったのはこの時代である。エンコードの技術とバックアップメディアの進化と共に発展してきた。

ついにHDDがバックアップ媒体になる日が・・・

そのDVDもバックアップを取るのが面倒ということで、HDDそのものをバックアップメディアとして使う人もでてきた。

ハードディスクのメリットは、要らなくなったらすぐ消せるし、なんといっても速い。しかし、いちいちパソコンをバラして増設したり外したりするのは面倒である。この製品は、5インチベイに着脱式のハードディスクを取り付けるタイプの製品でかなり昔からあったが、HDDの価格の下落と共に急速に使われるようになった。

この5インチベイ着脱式のHDDの欠点は、ただパソコンをバラして増設する手間を省くためののものであって、パソコンから出ているインターフェースが低速だった時代に有効なものであった。当時はSirialATA規格はまだ一般的でなかったので、着脱も大きなプラグを抜き差ししなければならなかったので、交換するときにコネクタを痛めてしまうこともあった。このため、HDD側にもケースが必要となり、実用性としてはあまりいいものではなかった。

しかし、その状況もFireWire(IEEE1395)とUSB2.0の登場によって、インターフェースがIDE規格には及ばずとも高速になってくるとすぐに外付けハードディスクケースにとって変わられた。

Sirial ATAが一般的になってくると煩雑だったケーブルの接続が簡単になり、HDDをそのまま繋ぐ人も出てきた。極めつけはこの、「裸族のお立ち台」である。裸族というだけありそのままハードディスクを立てて使うだけである。保管方法さえ気をつければなんとも簡単な管理方法ではないだろうか!

自作パソコンにも・・・

Winnyがもたらした影響は、自作PCの世界にも大きな影響を与えた。この当時のパソコンは、性能のためなら回転数が7000ぐらいのとてつもない爆音のファンを付けるのが当たり前だった。ところが、Winnyの場合、アプリを起動している時間がそっくりそのままファイルの入手性の確率につながる。そうなると、常時起動ということで消費電力が気になるユーザが増えたし、寝ている間にパソコンを付けるわけだから、シュイーンとものすごい音がするファンは安眠妨害もいいとこである。

そういうわけで、いかにして静音化を図るかが話題に上がるようになった。一番手っ取り早いのは、ファンを少なくする改造だがそれだと熱暴走する。そこで、まずは、CPUのアンダークロックで発熱そのものを抑える方法が取られた。通常自作PCをやる人間は、市販PCにできない倍率調整や過電圧付加でオーバークロックして発熱を犠牲に高速化を図る。しかし、ここでは逆にクロック数を落として発熱を抑えるということを行う。いずれにせよ、マザーボードでそういた設定が簡単に行える自作PCならではの方法だろう。

次に行ったのが、現在ではEdenの名で有名なVIAのC3チップである。C3は性能こそ低いが省エネ性が高くファンレスでもどうにかなった。欠点はSocket370と当時の現行モデルのSocket478の前の規格のもので、このころにはすっかり廃れたものであった。それでも強者は、台湾から工業用のマザーボードを購入してWinnyサーバーとして使っていたようだ。この工業用マザーがのちのMiniITXマザーとなった。すこじ時代は進が、AMD系ではGeodeというCPUが良く話題になった。これもC3に似たような性質のあるCPUだったが、なんとデュアルCPUで使うことができたのだ。で、Tyanのサーバー用マザーにGeodeを2つ付けて並列処理させる人もいた。

一方メインストリームのCPUはどうだったかというと、AMD、Intelともにガンガン発熱がすごくなっていき、ついに電気がまかないきれないということで、Socket478から776に変わっていった。とにかく、パソコンが熱い時代だった。

ハードディスク

話が横道にそれたので次は、HDDの話をしよう。

そもそも、WinMXの頃のHDDはさほど発熱しなかった。回転数が5400回転が一般的だったし、容量も多くて40Gぐらい。ところが、Winnyが普及した頃は120GのHDDがそのHDDの半額ぐらいで買えた。で、無計画にHDDを増設してHDDがあっという間に壊れて悲惨な目にあった話をよく聞いたものだ。実際自分もこの年に日立製(IBMが日立に買収されたのもこのころ)の120Gのハードディスクを1年で飛ばした。まだ7200回転と5400回転のハードディスクが5:3ぐらいの割合であったし、キャッシュ容量も2Mが一般的で8Mになると高速ではあるものの高価であった。もちろん、7200回転だとたしかに早いが、発熱も半端じゃない。CPUの高発熱に続いて、ハードディスクも高発熱だから、一気に寿命が減る45度を軽く超えてしまう。こりゃ、壊れやすいというのは、ハードディスクメーカーが悪いというより使う人間が悪い。

コアな自作連中は、耐久性の良さから、サーバー用のSASをRAID構成にしてWinnyに使っていたようだ。SirialATAの時代になってからはみんなSirialATAになったが。

また、もう一つの話としてプラッタの問題もある。プラッタとはハードディスクの円盤の事を言い、この時代の一般的なハードディスクは3枚というものが多かった。しかし、プラッタ数が多くなるとハードディスクを回すモーターにそのぶん負荷がかかるので、プラッタ数が少ないほうが静かで発熱が少なく、寿命が長いとされた。少し時代はすすむが、PS2にハードディスク内蔵モデルが出た頃になると、プラッタ数が1枚のハードディスクが出まわるようになった。厚さは20mmぐらい。かなり薄い。こういうハードディスクは起動用ドライブとして使い、Winny用ドライブと分けて使った。ハードディスクの価格が安くなったからできることである。一昔ならば、複数台ハードディスクを入れることすら珍しかった。更にはキャッシュとデーター用にハードディスクを分ける人もいた。

水冷

ちょうど、Intelがケース内温度は36度以下が望ましいという発表をして、BTXという規格のマザーボードを作ったのはこのころだったと思う。近くのZOAでは水冷キットが売っていた。この時代になってくると、少なくともCPUの周波数の高速化による処理能力の高速化手段は頭打ちになっており、数%オーバークロックしたところで、大して性能向上は認められない事から、水冷化をするのは、コアなオーバークロッカーだけの為のものだったが、静音化という観点からこれは流行し、特に3R SystemのPoseidonという製品はカスタマイズ性の高さと比較的低価格(とはいっても、1万4千したが)なことから流行した。あと、俗に鉄柱と呼ばれる冷却塔付きリザーブタンクで有名なZALMAN製のRESERATOR1という製品も、高価にもかかわらず、ルックスの良さから人気があった。いずれも韓国の企業である。さらに上級者は、CPUとマザーボードの価格を足したよりも高いEXOSという水冷キットを購入してビデオカードを一緒に冷却をしていた。

が、結局はケースの構造に原因があり、俗に窒息ケースと言われるが、この当時のパソコンのケースは、メーカー製、自作PC問わずに、ハードディスクのあるフロント部分にファンを取り付けられるスペースすらないものが多く、これによって冷却が十分にできないことに問題があった。したがって、やはり水冷は一部のコアな連中用のものでしかなかったようである。長期にわたって使用している人の中では、根元部分が電食で腐食してきたり、CPU水枕のヘッド部分と外側が掃除をするときに、ヘッドが取れてマザーボード、グラフィックカードが流れでた冷却液によってメルトダウン起こしたりとかなりメンテナンス性は悪かった。このことから、次第に敬遠されるようになり、今となっては、通常の店では一体型が少数で回るのみである。

まぁ、UVライトとかつければ、見た目はかっこいいんだけどねぇ。

こぼれ話として、現在水冷キットの販売サイトといえば、CoolingLabが有名である。(昔はUsers Sideとかもやっていたが)このサイトは、2001年ごろから管理人の趣味が転じて輸入代理店をやるようになったらしい。

エンコードの話

P2Pを語る上で、もう一つ忘れてならないのがエンコードの話である。ここでいうエンコードとは、動画や音楽を圧縮する作業のことをいう。そして、これをする人間のことをエンコード職人という。

音楽は、LAMEと呼ばれるエンコーダーでビットレート128kps以上VBRなMP3に圧縮したものが良いとされた。(この他にも細かいチューニングがあったようだが専門でないのでここでは割愛)また、数は少ないながらOggもよく使われた。最近良く使われるm4a形式は、この時代もすでにあったが、携帯型の音楽プレイヤーで再生できるデバイスがiPodぐらいしかなかったため、あまり使われていなかった。

少し時代が進むと、MP3を無圧縮でアルバムごとZIPで固めて拡張子を変えるだけでアルバムになるMp3Zipperというツールを用いたものが多く出回った。この無圧縮MP3アルバムは、拡張子をmp3似変更するだけで再生できたり、そのまま解凍するとトラックごとにファイルが出力できるものだった。

動画ではどうだったかというと、WinMXの時代は、DivX3.11が多く使われた。この3.11というのが曲者で、なんとマイクロソフトのMS-MPEG4 V3というコーデックの識別コードを書き換えただけの海賊版であった。しかし、アンダーグラウンドで取引されることが多かったこの時代においてはまったく問題にはならなかった。

そんなことからか、Winnyの時代ではこの後継バージョンであるDivX5が多く使われた。比較的高速でそこそこの画質が得られたのでみんなこのエンコード形式を使っていた。しかし、ある時期から有料化されスパイウェア疑惑が入ったため、一部のエンコ職人は、Xvidに流れていった。2003年の8月ぐらいになると、マイクロソフトのWMV9という形式を使った動画がブロックノイズが出にくく、容量が少ないことで使われるようになってきた。欠点は、DivXやXvidと比較してエンコードに時間がかかることと、アニメの場合特に顕著だが、色見が減ってしまうことだった。他にもVP4なども使われたが、少なくともWinnyの時代は、この3つの圧縮形式の動画がほとんどだった。

MP4は携帯電話やQuickTimeでこの時代も使われていたが、P2Pの世界ではほとんど話題にならなかった。理由の一つは重かったことである。普及には、2007年まで待たなければならない。

字幕職人

字幕職人とは、海外の映画の動画に字幕を入れる人をいう。この字幕職人を語る上で最も欠かせないのはアナル男爵であろう。当時話題になっていた映画は、マトリックス・リローデッドであった。この映画のCAMものをこの男爵は、日本でDVDが発売される前に字幕をつけてP2Pに流したのだ!翻訳の質も高く、決して意訳でごまかしたりしていない。市販されてもいいレベルであった。この職人が出た頃から、急速にたくさん字幕職人は現れた。それでも、この字幕職人の翻訳レベルは郡を抜いていた。他にもロードオブザリングシリーズ(3部作全て)、アンダーワールド(前・後編共に)、スパイダーマン(2作目まで)、マトリックス・レボリューションズ、リベリオン、ウルトラヴァイオレットなど当時メジャーだった映画は全て網羅していた。逮捕されるまでカリスマ的存在であった。ちなみに職業は大学生で、趣味でやっていたらしい。

なお、自分は、アナル男爵の字幕そのもののデーター(*.sub)を海外の字幕サイトにアップされていたのを目撃したことがある。このサイトでは他にも日本のアニメの英語字幕などがあった。当時DVDをaviに変換する際に字幕は、メタデーターとして保存できなかったため圧縮時に字幕画像を動画に貼り付けてエンコードしていた。動画そのものを流したのならば犯罪であるが、字幕データーの著作権はアナル男爵が持っていることになるので、もしアナル男爵が動画を流してないとするならば、逮捕された人間は本人でない可能性がある。実際逮捕後もアナル男爵名義の新作の映画は暫くの間出回っていた。ネーミングブランドにあやかって他の字幕職人が入れたのかも知れないが、結局真相は闇の中だ。